はげを隠している担任の先生
昔を振り返るエッセイを書いてます。
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突風が吹いて、バーコードはげのおっさんの髪の毛がひらひら~っと舞う。
現実にはなかなか見たことがないが、「あるある」ネタとしてこんな場面って想像できるのではないか。
僕が中学校の頃の担任の先生は、まだ30歳くらいだったが、見事な若はげだった。
昔の侍のように前頭部から頭頂部がはげ上がっている。いや、侍ははげているわけじゃないんだけれども、あれでたとえるのが一番わかりやすい。
髪の毛が生えない、というのは本人にはどうしようもない生まれながらの器質であり、そこに着目するのはよくない。当時中学生だった僕たちにもそのくらいの分別はあったと思う。
しかしこの先生は頭の後ろから前髪を持ってきて、自分のハゲを隠そうとしていたのだ。彼の残っている部分の毛は存外に太くたくましく、真っ直ぐに生えている。それがこのようなヘアスタイルを考案させたんだろう。
実際、それは効果がなくもなかった。一瞬見るくらいなら、はげているとわからないのである。でも次の瞬間に違和感が出てくる。1秒以上見ていると完全に気づいてしまう。
この髪型は非常に繊細な運用が必要になる。ちょっとでも前髪が揺れてしまうと、前髪の異常な長さが強調されてしまうのだ。先生も細心の注意を払っていたようで、普段から頭を完全に固定していて、そう簡単には頷いたり、振り返ったりはしなかった。
堂々としていれば「そういう人なんだ」ということで特に誰も気にしなかっただろう。しかし人間の精神という物はそんな単純な作りにはなっていないのである。
自分の見かけをバカにされたくない。しかしそのバカにされたくないという自意識を見透かされて、さらにバカにされてしまうというのは、なんとも皮肉だと思う。
まずいことに先生の専門教科は「体育」だった。屋外にいれば、風が吹き荒れていることもある。
日光のの男体山から起こる北風は、体育教師の自意識などお構いなしに吹き荒れる。風に舞う前髪。最初はバカにしていた中学生男子も「なんか先生ちょっとかわいそうだよな」という感想を次第に持ち始めるようになった。
ただ、未だに目に焼き付いている光景がある。あれは運動会の準備をしていたときのことである。いっこうに練習がまとまらない中学生に対して、体育教師である彼は全校生徒全員をグラウンドに体育座りさせ、激しい叱責を行っていた。
シュンとした様子を見せる生徒達。ただ、この日の風が強かったのはどうしようもなかった。
怒り狂う先生。
舞い上がる前髪。
日に照らされてきらめく頭頂。
笑いをこらえきれずに吹き出す生徒……。
「こら! そこ! なんで笑っているんだ!」
「いえ……。なんでわらっていると言われましても……」
もうこりゃコントだよ。でも誰が悪いわけでもない。
説教が終わったあとに、僕は友人達に「あの様子をどう思ったか」と個人的にヒアリングを試みた。「笑った」という者が半分。「悲しかった」という者が半分だっただろうか。
そうだよな、笑うけどやっぱり悲しいよな……。僕もそう思う。
中学生はありとあらゆることから機微を学び取り、成長してゆく。
斎藤充博
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