デイリーポータルZのライターが本気で小説を書いたらどうなるか『蝉かえる』
櫻田さんから著書の小説『蝉かえる』をいただいた。
櫻田さんは10年くらい前にデイリーポータルZで活躍していたライター。デイリーポータルZはいろいろなライターがいるけど、その中でも飛び抜けておもしろに振り切った記事を書く人だった。
わが憧れの瓶底メガネ(デジタルリマスター版) :: デイリーポータルZ
いま読んでもめっちゃおもしろいです。
そんな櫻田さんは、なんといま小説家になっている。今回いただいた「蝉かえる」は櫻田さんの2作目の短編集だ。
櫻田さんが書いている小説の中に、「デイリーポータルZ」的な名残りはあるんだろうか……? そう思いながら短編集を読んでみた。
『蝉かえる』
デイリーポータルZらしいテーマ、昆虫食が出てきて、おおっと思う。セミを食べるといえば、ほそいあやさんだ。
『コマチグモ』
団地で起きた事件の話である。団地もデイリーポータルZによくでてきたテーマだ。大山顕さんがよく書いていた。
『彼方の甲虫』
カヤックが事件の重大なカギを握る。カヤックの記事は田村美葉さんが何回か書いていた。
『ホタル計画』
これは、そのものズバリ「ライター」をめぐる話である。もっとも小説に出てくるのはWebメディアではなくて、雑誌のライターだけど。
『サブサハラの蠅』
「国境なき医師団」をモチーフにしたと思われる「越境する医師たち」が出てくる。あと蠅も出てくる。…………この短編にデイリーポータルZらしいモチーフは……
えーと……
ない。
ないなー。
というか、すみません。
いままで挙げた短編に「デイリーポータルZ」との共通点はそんなにない。共通点を挙げていたけど、ちょっとむりやり探してました。
ちゃんと内容を説明します。
櫻田さんの小説は推理小説である。推理というと、シャーロック・ホームズとか、金田一少年とか、そのあたりが思い浮かぶ人がほどんどじゃないだろうか。
でも櫻田さんの小説は、そうした「推理小説らしい推理小説」とはちょっと雰囲気が違う。推理小説にありがちなケレン味のようなものが一切無いのだ。
短編集『蝉かえる』では、冒頭で「日常に普通にありえることが起きる」。金田一少年とかだと「絶対にありえないような出来事(密室殺人とか)」が起こるでしょう。それとは真逆だ。
たとえば『蝉かえる』の冒頭はこうだ。東北の神社に訪れた主人公。そこで大きな声で昆虫食の話をしている男女がいるので、なんとなく喋っていることの内容を聞いてしまう。
一見、これじゃ推理小説にならないように思えるかもしれない。まだ謎は存在していないから。
だから読者は「これはこれから起こる謎に対するフリなのかな?(音楽で言えば前奏のように)」なんて思いながら読んでしまう。
しかしそれがまさに櫻田さんの手口である。最後まで読んでみると「フリかな?」と思っていたことは、完全に本題の謎のド真ん中なのだ。それが最初からあからさまに提示されている。読者にはそれが気づけないようになっているのだ。
あれ??? と思って最初からもう一度読み直す。そこでやっとこれが「無駄な文章が一つも無い完全な推理小説」であることがわかる。多分みんな騙されるんじゃないか。
櫻田さんってこういう文章を書く人だったんだな。……そんな思いで、もう一度櫻田さんの書いたデイリーポータルZの記事をもう一度読んでみる。
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ちょっと待て。これはこれで無駄が一切ないな……。完璧な記事である。
やっぱり櫻田さんはデイリーポータルZ時代からからすごかったのだ。デイリーポータルZ読者がみんな知っているように、櫻田さんはやっぱりすごい人だった。
『蝉かえる』を読んで、みんなもう一度櫻田さんのすごさを味わってほしい。